× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
今日の授業は色々考える事ばかりだった。
まあ普段からどうでもいい事も考えてるけど(あれ) 「死を考える事」は「生を考える事」なのらしい。 悲嘆のプロセス。 痛かった。 自分の事そのままみたいで。 無理やり閉じ込めてるモノの扉が消えたみたいで。 昔、大学の心理学の授業の時にも似たような事を考えてた。 そして今の自分が嫌だった。 冷めた目で微笑えるようになった自分が。 きっとこれは、誰かが言うように最悪で、最低で、残酷で、冷淡で駄目な事なのかもしれない。 でも、比べられないんだよ。 彼らと、彼女らと、私達の重みは、違う。 だから、想像して、解ろうと、する。 ごめんね。 死にたいっていうのは、生きてるからだ。 全部、いきてるからだ。 生きていたんだ。 PR この記事にコメントする
|